バイトをやめ、200万の借金をして、賭けに出た結果……【無名作家の下積み時代】

浅田真央ちゃんが引退するそうですね。真央ちゃんといえば、スケート選手の枠を超えた国民的スターでもあるわけですが、かたや、日本人女子で唯一金メダルをとった荒川静香さんは、そこまでスター性がない?のか、真央ちゃんほどチヤホヤされていません。

小説の世界も、チヤホヤされるのは村上春樹ばかりで、ノーベル賞をとった大江健三郎は、チヤホヤどころか、その名前さえあまり広く知られていないかもしれません。(しかもまだ生きているのに)

で、このぼくに至っては、未だ10数名の方々にしか知られていません。ええ、何という不条理でしょうか……?しかしこのことは、真の芸術家に与えられた永遠の宿命なのかもしれません――という半分本気の冗談はこのくらいにして……(苦笑)

 バイトを辞め、200万の借金をして、賭けにでた14年前

それにしても、真央ちゃんはまだ26歳なんですね。ぼくが26歳だった頃といえば、共同出版という名の自費出版に150万をつぎこんでしまう1年くらい前だった記憶がありますが……つまり、商業的にも芸術的にも三流以下のゴミ小説に、ちょうど命を燃やしていた頃です(苦笑)

ええ、そのためにぼくは、合計6社くらいのカード会社から借りられるだけの金(200万位)を借りて、一切のアルバイトをやめてしまうという愚行を犯しました。そしてその金が尽きるまでに、小説を完成させ、その印税で一気に振り出しに戻そうと――いわば無謀すぎる賭けに出たのです。はい、当時のぼくは、今以上?に狂っていました……。

一人暮らしだった&バイトもやめてしまったぼくは、文字通り完全な自由を得ました。朝、何時に起きようと、夜どれだけ夜更かししようと、誰からも何からも急かされない日々。

月に一度、家賃と、それぞれのカード会社へ利息分の支払いをするために、ATMを駆けずり回ることだけが、当時のぼくに課せられた唯一の義務であり、社会的行動でした。たったそれだけで、ぼくは存在することを許されていたのです。

 

ぼくの才能に憧れ、嫉妬する人々

とはいえ、それまで小額のローンしか組んだことがなかった当時のぼくにとって、このやり方はちょっと毒が強すぎました。実際、本が売れる以外に返済の目途がなかったぼくは、そのくらいの覚悟で臨むべきだ!としながらも、日増しに減る手持ちの金と、増える一方の利息に日々怯えました。あるいは、しばらく返済するときていた増額の案内によって、手持ちの金が補充されるたび、安堵と不安の気持ちが錯綜しました。

来年、自分はどうなってしまうのか……?いや、ぼくは破滅を恐れていたわけではありません。むしろ破滅は想定内でした。その上で、破滅に足る作品を書き上げることに、ぼくは全力を注ぎました。

英雄と凡人。自分が前者でないと断言できるほどの証拠はない……いや、自分は前者に決まっていると確信していたぼくは、同じく芸術を志していた仲間たちのことを、密かに軽蔑していました……

お前に何ができる?お前の芸術性。お前の人間力。お前の人生。俺は断言する。お前に勝算はない。時代を席巻するリストに、お前の名前が刻まれる日は永遠にこない。しかし自分は違う……

「これ、Dじゃないか?」

地元の書店で平積みされたぼくの本。それを見たかつてのクラスメイトが驚き、かつてぼくを振った女が後悔し、かつての担任の教師が自分の教え子であることを吹聴する瞬間。やはりアイツはただものではなかった。ぼくの芸術性。ぼくの人間力。ぼくの人生。誰もが、それの非凡なることを認める瞬間。人々がぼくに憧れ、嫉妬する世界……。

 

盲腸の手術と偽り、叔父から50万を騙しとって出版

やがて完成した処女作を、ぼくはある出版社へ持ちみました。共同出版。それが意味するところの現実を、ぼくは知らなかったわけではありません。実際、編集者とは名ばかりの、営業に違いない男からの評価に、ぼくは喜びもし、警戒もしました。

「処女作でここまで書ける新人はそうはいませんよ」

「それはどうも……」

「以前、ライターか何かのお仕事をされていましたか?」

「いえ、とくには」

「だとしたら、もって生まれた資質か、もしくは、長い期間ご苦労されていたのかもしれませんね。多少手直しが必要な箇所もありますが、ほとんど完成されていますよ。すぐに書籍化しても良いくらいです」

男の真意を探りつつも、ぼくはもちろん悪い気はしませんでした。

「ここだけの話ですが、送られてくる原稿のほとんどは、自己満足と言いましょうか、そもそも小説になっていないものが多いのですが、Dさんの作品はレベルが違います。小説としての完成度はもちろんですが、なにより着眼点が飛びぬけていて、社内でも相当話題になっています。残念ながら、共同出版という形でのご提案しかできませんが、これほどの作品をこのままにしておくのは惜しいので、もしもDさんにそのつもりがあれば、ぜひ私どもに出版のお手伝いをさせてください。もちろん、プロの編集スタッフを動員して、Dさんが納得されるまでお付き合いさせていただきますので」

この言葉に、まんまと警戒を解いたぼくは、その翌日、本の出版費用として男が提示してきた150万を用意するために、新たに4社のカード会社から借金をしました。

しかし、それを合わせても出版費用の全額をまかなうことはできず、出版費用を工面してほしいとの内容の手紙を、原稿と一緒に親戚中に送りました。が、返ってきた返事は、ぼくの無謀を窘(たしな)めるか、嘲るようなものばかりでした。

そのことでよけい意地になったぼくは、八戸に住む伯父に、盲腸の手術をすると偽って、50万を半ば騙しとりました。それと、新たにカードから出金した分とを合わせて、ぼくは強引に出版に踏み切ったのです。

 

テレビ出演を見越してダイエット&自らの格言ノートの整理に奮闘

この時点で、借金の総額が450万を超え、カード会社への返済が滞りはじめました。しかし、出版さえしてしまえば、本の売り上げでなんとか返済できるだろうと、無謀にも高をくくるようになっていたぼくは、その間も、求人誌に目を通すことはしませんでした。

なんとかなる。いや、自分はきっと英雄に違いない――

兼ねてから執拗に妄想していたこの願望は、ぼくの中でかつてないほど現実味を帯びてきました。やがて、いつ何時、テレビ出演の依頼などが舞い込んでくるかもしれないことに備えて、ぼくはダイエットをはじめました。公に晒しても恥じない容姿を維持すること。そのために、深夜の井の頭通りをランニングしたり、激しい筋トレに打ち込みました。

さらに、小説とは別に、密かに書きためていた自らの格言をまとめたノートを整理し、そのうちの幾つかが、時代を越えて人々に語り継がれることを想像しました。

結果、出版されたぼくの処女作は、数えるほどの友人が買ってくれただけで、初版として発行された五百冊ほぼ全部が売れ残ってしまいました。当然、書店に並ぶこともありませんでした。そしてぼくは自己破産をしました。

 

英雄のまま事が進んでいたら、今頃ぼくは宇宙を支配していた?

――あれだけの時間と金をつぎ込んでこのザマ。

誰にそうはっきり言われたわけではありません。が、折しも、自分より年下の大学生が、芥川賞を受賞し、世間の話題をさらった矢先の出来事だっただけに、ぼくは自らの醜態をより強く意識しました。自分は全力で、アイツは片手間(学生だから)。それなのに、アイツのほうが優れているとする現実に、ぼくは心底絶望しました。

いや、そもそも、破産をしてまで書き上げた自分の情熱が、たとえ一文でも処女作に籠められていないはずはなく、それが評価されないのは、営業がよほど無能か、読み手の頭がおかしいかのどちらかだと、ぼくは決めつけました。

いや、その決めつけが、はっきりそうであることを思い知ったぼくは、すでに書き上げた処女作の原稿を、少しでもまともな作品に仕上げ直そうとしました。しかし、手を加えるほど、冷静になるほど、もとのほうが作品としての完成度は高いように思いました。とはいえ、もとのそれでさえ、どんなに大目に見ても、二流の域を超えるものではありませんでした。

凡人。自分以外の他人にばかり押しつけてきたこの二文字に、ぼくは押し潰されそうになりました。ぼくの芸術性、ぼくの人間力、ぼくの人生。それがはじき出すぼくの勝算。時代を席巻するリストに、ぼくの名前が刻まれる確率……。

いや、ぼくの力はこんなものではない。ぼくは烏合の衆ではない。大器晩成型の英雄である。そうに決まっている。ぼくほど、人生と芸術に対して真摯な人間が、この日本に何人いるというのか……!?

そう、もしも当時の錯覚どおりに事が進んでいたら、ぼくは今頃、日本どころか世界を越えて、宇宙を支配していたに違いありません……(苦笑)

 

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