なぜ戦争はなくならないのか?

やりすぎると、米中戦争に発展するかもしれない?

アメリカの原子力空母カール・ビンソンが、15日前後に朝鮮半島周辺の海上に到着するらしく、東アジア地域の緊張が一気に高まっています。

トランプ大統領は、北朝鮮への先制攻撃を本当にやるのでしょうか?シリアへの攻撃と違って、120%全力で反撃してくるだろう北朝鮮への攻撃は、かなりのリスクが伴います。

あくまで素人的観測ですが、仮に、北朝鮮の反撃を完全に封じ込むほどの大規模な先制攻撃を行えば、多数の北朝鮮国民を巻き添えにしてしまうので、さすがにそれはできないと思います。そこまでのことをしてしまえば、国際社会から相当の非難を浴びるだけでなく、最悪の場合、中国が参戦してくる可能性もないとは言えないからです。

中国にとって北朝鮮は、対米韓用のいわば盾です。もしも、その盾を完全に奪う(北朝鮮国土を占領する)ほど大規模な攻撃を仕掛けてしまえば、中国も指をくわえて見ているわけにはいかないでしょう。もしかしたら、「ここまではOK、これ以上はNG……」なんてやり取りが、今まさに米中の水面下で行われているかもしれません。

 

日本も腹を括らなければならない?

そのため、やるにしても、ある程度ピンポイントで空爆をする感じになると思いますが、しかし、北朝鮮側もそのことは承知していて、それに備えて、攻撃力を国内に分散しているはずです。衛星や無人機でその位置をどこまで把握できるのかはわかりませんが、それらをすべてピンポイントで空爆するのは、さすがに難しいでしょう。つまり、やるなら相応の反撃を覚悟しなければならないということです。

反撃の優先順は、米空母、韓国、そして日本の米軍基地、というところでしょうか……?当然、狙いが外れて、米軍基地以外の日本のどこかが火の海になることも考えられます。日本もついに、腹を括らなければならないときが近づいているのかもしれません。

 

トランプ大統領のせいにするのはお門違い?

そもそも大統領がトランプじゃなかったら、ここまでの緊張状態にはならなかったはず。前のオバマのほうが良かった――と、ぼくにしても、ついそう思ってしまうのは確かです。

しかし、北朝鮮をこれ以上放置すると、さらに悲惨な未来を招いてしまうかもしれないと思えば、今回のトランプ大統領の決断(まだ攻撃していませんが)は、むしろ評価されるべきかもしれません。

逆に、まもなく起こるかもしれない惨状が大きいほど、だからもっとはやく手を打っておけば良かったのだ……となって、要は、北朝鮮をほぼ野放しにしてきた前オバマ大統領や、あるいはもっと前に決断を断念したクリントン元大統領に対して、未来の人々が厳しく非難するかもしれません。

 

いっそ、北朝鮮の核保有を認めてやることはできないのか?

普通に考えて、世界一の核保有国であるアメリカが、北朝鮮に核をもつなというのは、おかしな話です。日本や、核をもっていない他の国ならまだしも、「お前にいわれたくねーよ!」という北朝鮮の言い分もわからなくはありません。

しかし北朝鮮は、俗にいうブラックマーケットを通じて、核兵器や弾道ミサイルを、リビアやイランなどに売ったとされています。国際社会が定める核拡散防止条約に反して、無作為に核を拡散しようとしているのです。

もしも本当に自衛の為だけであれば、この段階まできてしまった北朝鮮を、あえて攻撃しようとはしないかもしれません。しかし、国際社会の秩序を無視して、いつ何をしでかすかわからない国だからこそ、アメリカも強硬にならざるを得ないのだと思います。

 

タモリの戦争論?

ともあれ、今回ばかりは、日本も本気で腹を括らなければならないかもしれません。いや、たいへん申し訳ないですが、火の海は、米空母と韓国までに留めてほしいとやっぱり思ってしまいます……(苦笑)しかし、いつまでもそう都合よくはいかないだろうと思います。

もちろん、ぼくも戦争なんか反対です。しかし、同時に、良からぬ感情も少しあります。武者震い的なものです。不謹慎なことは百も承知ですが、「原子力空母カール・ビンソン」とかの文字に、「おお~!」みたいな感情が自分の中にあることを、どうしても否定できません。

キングコングの西野というお笑い芸人が書いた「魔法のコンパス」という本の中に、「戦争がなくならない理由」について、タモリが次のように語っているシーンがあるそうです。

戦争がなくならない理由はなんだと思う?それはな、人間の中に『好き』と言う感情があるからだ。そんなものがあるから、好きな物を他人から奪ってしまう。また、好きな物を奪った奴を憎んでしまう。

 

ホラ、自分の恋人をレイプした奴を『殺したい』と思うだろ?

でも、恋人のことを好きじゃなかったら、攻撃に転じることはない。残念だけど、人間の中に『好き』と言う感情がある以上、この連鎖は止められないんだよ。

 

『LOVE&PEACE』という言葉があるけど、LOVEさえなければ、PEACEなんだよ。その生き方は、かぎりなく動物や植物の世界に近いな。ただ、『好き』がない世界というのも、ツマラナイだろう? 難しい問題だよ、これは。どうしたもんかね?

 

誰の遺伝子にも闘争本能は組み込まれている?

しかし、ぼくの中にある「おお~!」は、「LOVE」のためではなく、戦いそのものへの純粋な欲求な気がします。

前の記事でも少し触れましたが、われわれ人間は、精子の段階からすでに戦いを強いられていました。何億というライバルを蹴散らして、この世の椅子を勝ち取ったのです。すべての人が生まれながらにして、超優秀な戦闘員ともいえるわけです。

もちろん個人差はあると思います。しかし、いわゆる抑制しがたい闘争本能というのが、誰もの遺伝子にあらかじめ組み込まれてしまっているとすれば、それはそれ単体で成立してしまうものと考えるべきでしょう。

で、だとしたら、結局どんなに話し合っても(理性を優先しようとしても)、最終的には戦争(本能)に行き着いてしまうのは仕方ないのかな?と、どうしてもそう思ってしまいます。

 

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