企業も労働者も限界の今、高齢者に犠牲になってもらうことはできないのか?

会社員の9割が、給与は上げてほしいけど、出世はしたくない?

ぼくはほとんど毎日、妻の仕事の話を聞きます。傍からみれば、単純に愚痴を聞いているだけのようにも思われるかもしれませんが、そうではなく、ぼく自身が、そういう話を好きで聞いています。そういう話というのは、会社組織の仕組みとか、会社の人間関係とか、そういうこと全般です。

もともと一緒に仕事をしていたから、余計わかるのですが、妻は仕事に対してすごくマジメな人間です。コミュニケーション能力も長けているし、全体の流れもしっかり把握できるし、遅刻欠勤も絶対しないし、サービス残業も苦にしないので、会社からすれば、非常に優秀な社畜だと思います(苦笑)

そんな妻が、先週の取締役との面談で、「給与は上げてほしいけど、出世はしたくない。要は、出世をしてしまうと、責任のある仕事をやることになるから嫌だ、という社員が9割もいて、そういう人たちを如何に使っていくか?というのが本当に難しい……」と、ちょっと愚痴られたそうです(笑)

そういう人たちが9割もいるというのは、ぼくにとってけっこう驚きでした。というのは、ぼくの見立てでは、そういう人たちというのは、せいぜい7割くらいかな?と思っていたからです。まあどちらにしても、1~3割の人たちが、残りの7~9割の人たちを、いわば養ってあげているともいえるこの構図に、しかし、残りの7~9割の人たちが気づくことはまずないでしょう。

 

公務員でさえ、結婚や子供を躊躇する時代

会社というのは、とりあえず行きさえすれば、お金になります。そのことだけでいえば、ぼくのようにこうしてブログで稼ごうとしたり、商売をやっている人より、苦労は少ないといえます。

しかし、会社というのは、いつ潰れるかわかりません。昨今はとくにそうです。いい大学を出て、一流の企業に就職したところで、むかしと違って未来が保証されているわけではありません。そうだった時代は、もはや完全に終わってしまいました。

恐ろしいことに、公務員にしても、新卒から7,8年くらいは、都内で裕福な1人暮らしをできるほどの給与はもらえません。実際、都内に住む公務員のある後輩は、29歳で手取り23万くらいです。今後、どのくらい昇給できるかの見込みも立たないので、結婚や子供を考える気にはなれないそうです。

 

普通に働いても、普通に生活できるわけではない?

ここ数年、「最低時給を1500円にしろ!」なんてデモが、都内で起きています。確かに、1日8時間、20日勤務とすれば、時給1500だとしても、手取りは20万ちょっと(総支給24万)です。

都内のワンルームの平均は、6万5千~7万くらいなので、よく言われるところの、家賃の3倍の給与が普通に暮らせるレッドラインだとしたら、決して法外な時給を要求しているとは思えません。

しかし、最低時給を1500円にしたら、ほとんどの企業は潰れます。だからといって、過労死が社会問題化している今時は、ちょっとのサービス残業でも、企業はすぐに叩かれてしまいます。一時期いわれていた内部留保(企業が貯め込んでいるお金)なんて、もはやどこの会社もそんなにないんじゃないか?と思います。

少し前に、エイベックスの松浦社長が、自分たちは「好き」を仕事にしているから、その延長でやっている残業を規制されるのは困る――みたいなことをいって、ネットでさんざん叩かれていましたが、エイベックスがエンタメ業界であることを思えば、松浦社長の主張もわからなくはありません。

というより、それなりの利益を上げないと、どこの企業もやっていけるわけがありません。そもそも、資本主義の原理で動いている企業が、社会主義の原理で従業員を保護することなんて、できやしないのです。

つまり、「働いて金を稼いで、その金で生活をする」という、これまで当然とされてきた社会システム自体が、もう崩壊しているといってもいいでしょう。

 

高齢者に犠牲になってもらうことはできないのか?

ということで、最低限の生活は、企業ではなく、憲法で謳っているとおり、もはや国が保証するしかないんじゃないか?とぼくは思います。具体的にいえば、ベーシックインカムを導入したほうがいいかもしれないということです。

ベーシックインカムとは、年金や生活保護などをぜんぶ一本化して、国民一人一人に、5~8万円を無条件で給付するという制度です。しかし、生活保護はまだしも、年金も一本化するということは、高齢者からの激しい反発が予想されます。

だからといって、「楢山節考」の映画のように、高齢者を山に捨てるわけにはもちろんいきませんが、しかし今の若者たちが、そのくらい追い詰められていることも確かです。

 

芸術によって社会を統治しようとしたハプスブルク帝国

まあでも、どこを見渡しても、普通に生きることだけにみんな精一杯で、夢も希望もない社会だなあ……と、本当につくづく思います。たぶん、人生なんてこんなものなんでしょう。

だからぼくは、芸術に逃げているともいえるわけですが、こういう生き方はもちろんお薦めできません(苦笑)しかし、芸術にどっぷり浸かってしまうと、不幸な感情がかなりの割合で麻痺することは確かです。

むかし、ハプスブルク帝国は、芸術によって社会を統治しようとしたそうです。結局それは夢物語で終わってしまいましたが、しかし、一つの巨大帝国が、芸術にそこまで価値をおいたという歴史は、人間にとって、ある意味救いのような気もします。

 

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