戦争をなくすためにはどうすればいいのか?答え→「節約」

北朝鮮をそのまま放置することのメリット

アメリカと北朝鮮の膠着状態が続いています。先の大戦では、「ハル・ノート」を突きつけられた日本が暴発したことによって、戦争になったとされています。

ロシアの介入はさておき、中国がもし本気で経済制裁を課せば、北朝鮮にとってそれは、「ハル・ノート」と同じ意味を持つでしょう。だから北朝鮮が暴発する可能性がないとはいえませんが、しかしそれはどの国にとってもメリットはありません。

あれだけ中国が反対していたサード(米の新型迎撃ミサイル)が、いつの間にか韓国に配備されることが決まったようです。日本もサードの配備を検討するかもしれないという情報もあります。「核シェルター」なるものも飛ぶように売れているようで、米軍基地の必要性も、日本人に改めて知らしめることができました。

問題は、軍需産業に支えられているアメリカ共和党が、今回のそれらの儲けで満足してくれるかどうか?に尽きるような気もします。そもそも、北朝鮮があと1,2回核実験をやったところで、おそらくアメリカは痛くも痒くもないでしょう。大陸間弾道ミサイルにしても、ロシアも中国ももっていて、今さら北朝鮮がもったところで、大した変わりはないと思います。

つまり、北朝鮮が核実験をやろうとやるまいと、もっと金になると思ったら、アメリカは攻撃を仕掛けるかもしれないということですが、北朝鮮には戦利品になるような資源がありません。

それどころか、派手に反撃されて、日本や韓国が打撃を被れば、アメリカ自身も損をします。むしろ北朝鮮を今のまま放置したほうが、それを警戒する日本や韓国に、兵器を売って大儲けすることができるので、アメリカにとって断然お得だろうと思います。

安倍総理としても、今回の件で、念願である9条改正に大きく前進できたのは間違いないので、これ以上事を荒立てたくないと考えているかもしれません。

 

戦争の原因は、感情ではなく、やっぱりお金だと思う。

戦争というのは、偶発的に起きるものだとは、ぼくにはどうしても思えません。利害のない、お金にならない戦争をするはずはないと思うからです。

仮に、北朝鮮が間違ってミサイルのボタンを押して、それが東京に着弾したとします。だからといって、何の得にもならなければ、アメリカ軍が本気で動いてくれるとは思えません。ミサイルがカールビンソンに着弾したら、もちろん少しは仕返しをするでしょうが、それにしても、利益が見込めなければ、本気で反撃をすることはないような気がします。

前の記事でも少し書きましたが、軍需産業というのは、世界で最も効率がいい商売だろうとぼくは思っています。なぜなら、電化製品や車などと違って、消耗の頻度が高い&戦争やその緊張を煽ることによって、人為的に消耗を促すことができるからです。そしてそのためには、繰り返しになりますが、北朝鮮を今のまま放置したほうが、どの国にとっても絶対的に都合がいいはずです。

つまり、個人的な争いと違って、国家間の戦争の原因はやっぱり「お金」であって、そのために人間の憎しみや恐怖の感情をコントロールされることはあっても、憎しみなどの感情が先立っての大規模な戦闘行為はあり得ないんじゃないか?と、ぼくは思います。

その意味で、先のシリアへの空爆はあまりにも異例でしたが、何の得にもならないそういう攻撃は、今後はトランプ大統領も慎むような気がします。

 

実はすべての人々が戦争に加担している?

ともあれ、お金や経済のために戦争が起きているのが本当だとしたら、働いてお金を稼ぎ、社会経済に依存しているすべての人々が、戦争に協力してしまっている――というふうにもいえるでしょう。

たとえばぼくは、今より少し贅沢な生活ができればそれで十分だと思っています。あなたはもしかしたら、今の生活レベルを死ぬまで維持できれば、それで良いと思っているかもしれません。どちらにしても、それらの願いごとは、自分たちが考えているほど些細な願いごとではない気がします。

なぜならそれは、誰か一人だけが願っていることではなく、世界中すべての人が願っていることだからです。たった一つの小さな願いごとでも、七十億も集まれば、それはもう世界にとって脅威でしかありません。

いわば世界中の指導者たちは、そうして膨れ上がった人々の願い(欲望)を、まんべんなくぜんぶ満たしてやることはできないから、じゃあ、どういうふうに富を分配するか?という過程において、戦争という決断を余儀なくされている――とも言えるかもしれません。

だから逆に、個人の経済的欲求がぜんぶなくなれば、戦争はなくなるかもしれませんが、言うまでもなく、現時点でそれは不可能です。

 

お金に頼らない社会の実現が、戦争をなくすかもしれない?

だったらどうするか?少しでも何かを我慢する(できるだけ贅沢をしない=節約)――これしかないような気がします。なぜなら、繰り返しになりますが、個人の欲望(贅沢)の積み重ねこそが、経済を飽和させ、結果として、戦争を引き起こしてしまっているからです。

詰まるところ、仏教でいう、「煩悩を断ち切る」ところまで行けるに越したことはないでしょうが、しかし、ある特定の人間だけがそれをやるというよりは、むしろ全員で少しずつ、無理のない範囲でやるのが良いかもしれません。

何より大切なのは、経済と戦争の因果関係を正しく理解し、それを未来の人間に引き継ぐことだと思います。経済に依存しないでも成立する社会(真の平和)が、はるか未来に実現することを願って、未来の人間にそれを託す――ということです。

そしてそれを延々と引き継いでいけば、いつの日かこの世から戦争をなくすことができるかもしれません。まあ、個人的な絵空事に過ぎないかもしれませんが……しかし、人間はいつまでもバカじゃないだろうと、少なくともぼく自身はそう思いたいです。

 

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