短編小説『メロスの決断』②~権力者の主張は作り物?

かくして、メロスは王になった。暴君ディオニスを失墜させた英雄として、人々は新しいメロス王に大いに期待を寄せた。

人々は、メロスが、ディオニス王に人の道を説いて聞かせたとか、一騎打ちをして勝ったなどと噂した。そして、それほど思慮深く、勇敢であるにもかかわらず、メロスが村の一牧人に過ぎなかったことに、好感を抱いた。これからは民衆のための真の政治が行われるに違いないと、誰もが思った。

一方のメロスは、王の秘書と名乗る男に、さっそく王宮内を案内された。眩いばかりの金銀で装飾されていた宮殿内に、メロスは目を見張った。同時にメロスは、それらを苦々しく眺めた。この金銀財宝を剥ぎとって民衆に分け与えれば、彼らの生活も少しは潤うに違いないと思った。いや、これらは民衆の血と汗の賜物である。民衆に分け与えるのではなく、返すのだ。

そもそも、王宮もこんなに広い必要はない。聞けば、一万坪もあるという。このプールは民衆の憩いの場に、向こうの広場は図書館にして民衆に開放しよう。いや、いっそのこと、民衆のために宮殿をぜんぶ開放してやるのが良い。民衆から意見を募った上で、どうするか決めよう――と、そんなことをあれこれ考えながら、メロスは王としての自らの前途に、大きな希望を抱いていた。

「そろそろ夕食のお時間です」

続いてメロスは、食堂へ案内された。席につくなり運ばれてきた豪華な料理の数々に、メロスは目を見張らずにはいられなかった。しかし、メロスは我に立ち返った。王たるもの民衆より質素であらねばならない、と。

そこでメロスは、出された料理をすべて下げて、お茶漬けとお新香をもってくるように言いつけた。しかし、王宮にはそんなものはないという。仕方なく、慣れない手つきでナイフとフォークをもちながら、出された料理を一口頬張った。

その美味さにメロスは思わず唸った。どの料理も国中から集めた一流のコックが、それぞれ半日以上も手間暇かけて調理したものだという。メロスは思った。王たるものの重責を考えれば、このくらいの贅沢はしょうがないかもしれない、と。

やがて、勧められるがまま酒を口にしたメロスは、室の袖から美女の集団が現れても、それに目を奪われる自分を戒めるどころか、顔を真っ赤にさせながら、王とは思えないほど無邪気にはしゃいだ。

このまま一生遊んで暮らせたらどんなに良いだろう……。

王になってはや一ヶ月、メロスは王として何をするでもなく、日々遊び呆けていた。顎や腹がたるみ、体が重くなるにつれて、民衆のことなど、どうでも良くなってきた。

やがてメロスは、村に残してきた妹と、親友のセリヌンティウスのことを思った。そして、静まり返ったシクラスの街と、人々の憂鬱な顔がメロスの頭をよぎった。このままでは駄目だ。そう思い立ったメロスは、さっそく秘書を呼びつけた。

「民衆のことはご心配なく。皆メロス王を祝福しております。なにせあなた様は、暴君ディオニスを失墜させた英雄ですから」

とは聞いたものの、メロスは不安だった。そこで、民衆のために良かれと思うことを、あれこれ秘書に提案してみた。が、秘書はそれにいちいち相槌は打つものの、ほとんど聞き流していた。それに気づいたメロスが、強い口調で詰め寄ると、秘書は態度を一変させた。

「王は民衆のことを気になさる必要はありません。ただ遊んでいればよいのです。月に一度、民衆の前で演説してもらいますが、その内容もすべてこちらで手配します。その通りに読んでください。一語一句誤りのないように」

メロスは唖然とした。そもそも、王に相談もなく、勝手に演説の内容をつくるとは、どういうことなのか?とメロスが質問すると、しかし秘書はそれには一切答えず、あからさまに不貞腐れた顔をした。

メロスは苛立った。自分は王になってまだ日が浅いから、きっとなめられているに違いない。ここらで一発、王としての威厳を示さねばなるまい。そんなメロスの思惑を察してか、秘書はさらに厳しい口調でメロスにいった。そして、その内容はメロスを驚愕させた。

「昨夜、あなたが眠っている最中、あなたの頭の中に劇薬を仕込んだカプセルを埋め込みました。このカプセルが溶けるか破裂して、中の劇薬が体内へ漏れ出すと、3分後に死に至ります。カプセルの破裂を防ぐには、1日2回この薬を服用する必要がありますが、お飲みになりますか?」

メロスは自分の耳を疑った。いや、何が何だかわからなかった。

「なっ、何のために一体そんなことを……?」と、メロスはようやくそこまでを言った。

「あなたの言動を管理するためです」

「管理だと?それは一体どういうことだ……!?」

「この国では、王に一切の権限は与えられておりません。お茶漬けとお新香はありませんでしたが、食べ物の好みとか、女中の好みとか、そういうどうでも良いことは、いくらでも聞きますがね……」

と、秘書は笑いながら続けた。

「その他のこと、国の政策に関わる重要なことは、すべて別のものたちが決めます。私はそのものたちが決定した事項を、王の命令として民衆に伝えるのが役目です。事によっては、王直々に民衆へお伝えして頂くこともありますが、とにかく王はそのものたちの命令に従わなければなりません」

「正気か……」メロスは恐る恐るたずねた。「そのものたちとは誰だ?」

「それをあなたに言う必要はありません」

「王はただのお飾りということか……?」

「そういうことです」

「私は民衆を救うために王になったのだ!」メロスが秘書に掴みかかると、騒ぎを聞きつけて入ってきた兵士たちが、メロスに拳銃を突きつけた。

「殺すなら殺せ!」

「王よ、自棄になってはいけません」秘書はメロスを諭すようにいった。「あなただけでなく、妹さんや、セリヌンティウスさんの身にも不幸が及びますよ」

メロスは戦慄した。なんと、村にいる妹とセリヌンティウスの頭の中にも、メロスと同じ劇薬のカプセルを埋め込んだという。

「卑劣な、二人は関係ない!」

「そう、関係ありません」と、秘書はメロスをじっと見据えていった。「同じように、あなたが民衆や政治に対して如何なる考えを持とうと、それは私どもには関係ありません。あなたが私どものやることに干渉しなければ、私どももお二人に干渉することはないでしょう。あなただけでなく、お二人の身の安全も、あなた自身の理解にかかっているのです」

「貴様っ……!」と、ふたたび振り上げた拳を、メロスは思い切り床に打ちつけた。

「いいですか、王の代役なんて幾らでもいるのです。言ってしまえば、王はあなたでなくても良いのです。それを肝に銘じてさえ頂ければ、あなたはもとより、お二人の生活も一生保障されるでしょう。とりあえず、お薬を召し上がってください。お二人にもちゃんとお薬は手配しておりますので、ご心配なく。詳しい事情は説明できませんでしたが、ちゃんと毎日お飲みになっているようです」

そう言って、秘書は薬と水をメロスに差しだした。メロスは血まみれの拳を震わせながら、薬を飲んだ(続く……

 

0
 
スポンサーリンク