短編小説『メロスの決断』⑤(最終回)~絶対に報われない権力者の決断

ある日、一人の若者が、メロスとの謁見を求めて城へやってきた。正義感に満ちた若者の面構えに、メロスは過去の自分を投影させた。加えて、妙に懐かしい感じを覚えた。

「名はなんという?」メロスは若者に尋ねた。

「わざわざ名乗らずとも、これを見れば私が誰かお分かりになるでしょう」

と、若者は首に下げていたネックレスをはずし、メロスに示した。それを見たメロスは一瞬で血の気が引いた。処刑されたセリヌンティウスのものだった。

「父は最後まであなたを信じていた。メロスに人を殺せるはずがない。メロスは騙されているに違いないと。私は父の言葉を信じました。その父があなたに殺されたと聞いても、私は父の言いつけを守り、あなたを信じようと努力した。しかし、その後もあなたはたくさんの罪のない人々を生き埋めにしたと聞きました。恐れながら、今日はその真相をお伺いしたく、参ったのです」

メロスは天を仰ぎ、大きくため息をついた。そして、若者を見据えていった。

「お前の父を殺したのも、人々を生き埋めにしたのもわしだ。他の誰でもない。騙されているのは、お前の父親とお前だ」

若者は激怒し、懐から取り出した短剣でメロスに襲いかかった。しかし、すぐに護衛の兵士たちに取り抑えられた。若者は叫んだ。

「私が死んでも、民衆はお前を絶対に許しはしない!民衆の心はすでにお前から離れている!今やこの国には、お前に忠誠を誓うものなど一人もいやしないのだ!お前はきっと、民衆の意思によって、王座から引きずり降ろされるだろう!いや、それはもう間もなくだ!今のうちにせいぜい楽しんでおけ!」

この若者を抱きしめ、真実を語ることができたら、彼の誤解を解くことができたら……自分も少しは救われるかもしれない。しかし、この若者をおいて、他に適任者はいない。なんとしても、この若者を王に任命しなくてはならない。この機を逃せば、今日にでも自分は殺され、愚直な王が、新しく王座に据えられるだろう。メロスは決断するしかなかった。セリヌンティウスよ、すまん……。

「お前には家族はいるのか?」

「お前と世間話をするつもりはない!殺すならさっさと殺せ!」

「質問に答えろ!」メロスは語気を強めた。

「妻子がいる……」と、若者はぶっきらぼうに答えた。

「そうか……」と言って、メロスは思い出したように尋ねた。「母親はどうした?」

聞いた若者は、メロスを激しく睨みつけていった。「お前が父を殺したその日に自ら命を絶った……お前さえいなくなれば、人々はみな安心して暮らすことができる!お前こそがこの世界の元凶なのだ!」

メロスは目を閉じて一瞬沈黙した。そしてついに決断した。「ならば、わしの代わりにお前が王となり、この国を治めてくれないか?」

突然のメロスの言葉に、城内は騒然とした。いや、一番驚いたのは若者自身だった。それを近くで見ていた秘書は、顔をしかめて舌打ちをした。

「どうせ死ぬつもりで来たのだろ?死ぬより王になって民衆のために働いてみてはどうだ?お前なら王としての義務を全うできるかもしれない」

「しかし、私には政治がわからぬ……」若者は戸惑った。

「政治のことなんか知らなくても良い」メロスは笑いながらいった。「人々のために悩み苦しむだけで十分だ」

メロスは続けた。「何か困ったことがあれば、枕元でわしの名を呼べ。いつでも力になろう!」

こうして、若者は新しい王となり、メロスは殺された。やがてその若者もまた、決断のときを迎えた。ディオニス王やメロスと同じ苦悩を乗り越えて。(了)

 

以上で終わりです。長々とお読みいただきありがとうございました。

 

最後に、最初にお話しした世界の支配者たちの話に戻ると、この小説ほど極端ではないにしても、彼らもまた人々の奴隷でしかないだろうとぼくは思っています。いわゆる英雄というのは存在しない――ということです。

いや、英雄だけでなく、暴君もまた暴君自身の意思だけでは存在することはできないと思います。つまり、北朝鮮の指導者たちにしても、世界の意思が実は彼らを必要としている限り、彼らを取り除いたところで、第二、第三の同じような指導者たちが現れるだろうということです。

このことは、10年以上前に、トルストイの「戦争と平和」を読んで以来、一貫して変わらないぼくの社会思想です。「メロスの決断」は「戦争と平和」に感化された当時に書いたものです。

興味のある方はぜひ一度お読みください、といいたいところですが……かなり長いので、ぼくのように超ヒマ人じゃないと、読了するのは難しいかもしれません……(苦笑)

 

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