芸術の分野でも人間はすでに人工知能に負けている!?

人工知能に仕事を奪われても問題ない?

近い将来、AI(人工知能)が人間のあらゆる仕事を奪うかもしれないと言われていますが、そもそも人間が今やっている仕事なんて、雇用のために無理やりつくっただけの仕事がほとんどなので、むしろぜんぶなくなってしまったほうが良いでしょう。

そう、これからの時代は、ぼくのように仕事をしない(できるだけお金を稼がない)生き方を実践するほうが良いと思います。具体的には、1日1食にして、医者に頼らず、保険にも入らず、貯金もせず、家も持たず、シャンプーも石鹸も歯磨き粉も使わないとか……(苦笑)

要は、洗脳されているだけで、実は人間にとって必要のないものたちを少しずつ削っていけば(断捨離すれば)、あらゆる職業を破綻させることができ、ひいては人類にとって悪の根源である「市場原理」を、この世界から追放することができるかもしれません。

原発のおかげで日本は戦争をしないでこられたかもしれない?

 

芸術の分野でも、人間はすでに人工知能に負けている!?

だからといって、人間にやることがなくなってしまうわけではありません。たとえばぼくのように、小説(芸術)に打ち込むとか何でも、やりたいことを好き勝手やれば良いのです。

また、人工知能が人間以上の芸術を創れるようになったらどうするのか?という議論があるようですが、そのような議論や懸念は、当の芸術家(ぼく)にとっては愚の骨頂です。なぜなら芸術家にとって、自分が創る以上の芸術を人工知能が創ってくれることは、むしろ歓迎すべきことだからです。

もっといえば、ぼく自身の経験や能力(才能)をそのままインストールしたAI(ロボット)に、1000年後にぼくが書くだろう小説を書いてもらいたいという欲求さえ、ぼく自身はあります。人間だろうと、AIだろうと、最高の芸術を創れる(見られる)のであれば、どっちでも構わないということです。

ただ、人工知能が考えるところの最高の芸術を、人間の側も同じように最高の芸術と判断するのは、容易ではないと思います。それは、人間にはやはりテクノロジーだけでは図れない特殊な能力ないし可能性があるから――ということではなく、人間の側の能力(芸術への見識)が、圧倒的に人工知能に劣るだろうという、極めて敗北的な理由です。

 

芸術を売り物にするのがそもそも間違い!?

しかし、だからといって芸術家はいちいち悲観的になりません。芸術家は、誰かや何かと競う為に芸術を創作しているのではなく、あくまで自分自身の快楽(喜び)のために芸術を創作しているに過ぎないからです。そもそも人工知能以前に、過去の天才たちの偉大な作品に嫉妬しながらも、自ら芸術を創るのをやめられないのがその証拠です。

小説家が小説を書くのは読者のためではなく自分のためである

結局、芸術や思想とか、人間の精神や心理的な領域でさえ、人間が人工知能に及ばないことが、仮に今後はっきりしたとしても、芸術家(人間)にとっては、そんなことはまったくどうでも良いことです。

なぜなら芸術家にとっては、最高の芸術を理解するまでの過程と、それに関わり続けることこそが、とてつもなく楽しい(快楽)というだけで、自分の作品を世に残したいというプライドみたいなものは、二の次三の次だからです。というより、そんなプライドを大事にもっている芸術家は、芸術を心から楽しんでいるとは言えないでしょう。

究極のところ、作品なんか残さなくても良いとさえぼくは思います。芸術家にとって作品というのは、芸術的に自分が成長するための道具でしかないというか、たとえば小説のことでいえば、書き終わったその一文は、数日後にはただの燃えカスでしかなくなるのです。

そんな燃えカス如きをいつまでも大事にしていたら(ちゃんとした作品にするために、長々と見直したり、構成や体裁を執拗に整えたりとか無駄な時間を割いていたら)それ以上先の世界へ進めなくなってしまいます。「それ以上先の世界に進めないこと」こそが、芸術家にとって何より耐え難い苦痛なのです。

いわば芸術家の行為(作品)というのは、そのくらい適当だとも言えるので、普通には売り物にならないのです。にもかかわらず、芸術を売り物(商売)にしようとするから、色々とおかしなことになるのだろうと思います。

芸術を売り物(商売)にしている芸術家は、人工知能に芸術の市場を荒らされるとマズイ(生活ができなくなる)だろうから、今のうちに、1日1食にして、医者に頼らず、保険にも入らず、貯金もせず、家も持たず、シャンプーも石鹸も歯磨き粉も使わないなどの生活に慣れるようにしたほうが良いでしょう――

って、こんなバカげた意見(超正論だと自分では思っています)を言ったところで、誰もマトモに聞いちゃくれないでしょうけど……(苦笑)

 

0
 
スポンサーリンク