多数決の原理によって、人間は進化を阻まれている!?

ブログも小説も、今後は書きたいときだけ書きます。

ブログ開設からまもなく4カ月になるここ1週間で、ようやくアクセスが少し伸びてきた気がします。といっても、月に5千円を稼ぐことすら、まだまだなアクセス(1日80PV位)なので、それほど浮かれてはいません……(苦笑)

まあ、禁煙や断食でマイナス労働をしている分、少しお金に余裕が出てきたこともありますが……これ以上あれこれブログの対策を練っても、ある程度時間を経てドメインパワーをつけないとどうにもならないようなので、とりあえずは今年中に月1万円稼ぐことを目標に、のんびり更新していこうと今は思っています。

だから先月までのように、無理やり毎日更新することはもうやめます。ブログの更新については、何かを書きたいときだけにして、しばらくは過去記事のリライト(修正)に集中します。

あと、小説のほうも、更新したいときだけにするというか……今までのように、毎日書くことを自分に義務化したりはしないで、書きたいときだけ書くことにします。といっても、小説のほうは、自動的に毎日コツコツ書いてはいますが、今はどちらかというと、インプット(読書)がメインになっています。

 

暇な時間をつくることが病気を予防する!?

1日1食のプチ断食と禁煙をはじめてから、そのための好転反応(副作用)も確かにまだ影響しているとは思いますが、それとは別に、妙に気持ちが落ち着くようになったというか、ガッつく感じがなくなった気がします。

そのくせ、ここ最近毎朝4時くらいに起きているのは、1日1食&腹6分目にしているので、体力が余って、むしろそれ以上眠れないからです。

1日1食&腹6分目にしたら、睡眠時間が4時間で済むようになった!?

で、歩きたければ外に出るし、そんな気分じゃないときは、妻を起こす時間(6時半)まで、ブログを手直ししたり、軽く掃除をするか、ボーっとしたりしています。

妻を仕事に送り出して、9時か10時くらいになったら、買い物がてら散歩に出かけます。近くの公園まで歩くか、遠くまで自転車で行くかは、そのときの気分に任せます。

ちなみに昨日は、家の近くの大きい公園で、30分くらい海を眺めて、20分くらい池の周りを歩いて、30分くらい公園のブランコにまたがって、20分くらい空を一望できるベンチに寝そべりながら、地面に手を伸ばして、四つ葉のクローバーを探したりしていました(笑)

はい、まるで自分一人だけ時間が止まっているような気がします(笑)しかしだからといって、「こんなことをしていて良いのか!?」なんてことは、まったく思いません。むしろこんなこと(暇を持て余す)をするべきだと、ぼく自身は思っているからです。

それはぼくが小説を書いているからとか、芸術をつくりたい人だから――というだけではありません。そもそも人間には、何もしない暇を持て余す時間が必要だろうと、ぼくは思います。そうじゃないと、病気(たとえばガン)になったりすると思うからです。

もちろん、暇を持て余すことには他にもさまざま利点があると思いますが、差し当たって予防医学の観点から考えても、まったり四つ葉のクローバーを探したりすることは、とても有効な手段だろうと、個人的には思っています。

 

多数決による決定は、目先のことを優先したものが多い!?

そもそも「忙しい」というのは、人間にとって良いことだとぼくは思いません。多忙が生甲斐に思えるのは、たぶん幻です。人間は暇じゃないとたぶんダメです。読書さえしないくらいの暇こそが、多くの気づきを人間に与えてくれるはずだからです。

毎日しなければならないことは、本当に毎日しなければならないことなのでしょうか?人間が毎日しなければならないことなんて、実はそれほど多くはない気がします。ほとんどすべての人たちは、生活を根本から見直すべきだと個人的には思いますが、しかしそうできる人はほとんどいないでしょう。

――というぼくの考えは、もしかしたら間違っているかもしれません(笑)というか、洗脳されたままのほうが楽だと言われればそれまでです。

そもそも人間は、多数決によって進化を阻まれているような気がします。いや、進化なんてそんな大そうなものじゃなくて、人間らしくごく自然に生きることを、多数決によって邪魔されているのです。

基本的に多数決で採用されるやり方や方針というものは、楽だったり目先の合理性ばかりを優先したものにどうしても偏りがちですが、それは多くの人が、楽だったり目先の合理性ばかりを優先しているからでしょう。

また、人間は、集団になると途端に頭が悪くなってしまうというか、あまり物事を考えなくなってしまう傾向があります。大勢で話し合うと、よりベストな判断ではなく、より無難な判断に落ち着いてしまいがちなのです。だからぼくは集団が苦手です。多数より単数のほうが、人間は能力を発揮できる気がします。

まあそれはそうと、ぼくは自分の考えややり方を、人に強制したくないという気持ちがあります。自分さえ良ければ良いと思っているわけではなく、自分が良いと思う考えややり方を、一番身近にいる妻にさえ、賛同させることができない自分の影響力の弱さに失望している節があるからです(苦笑)

他にも、責任をもてないからというのと、そのための説得に費やす手間と時間がもったいないというか、面倒くさい――というのもあります。

いや、つまりぼくは、やっぱり自分さえ良ければそれで良いと思っているのかもしれません……(苦笑)

 

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