「職業作家なんて普通のサラリーマンと同じでしょ?」と、どうしても吠えたい無名作家

無職だからこそ、禁煙も断食も余裕なのです。

食べる、寝る、歩く、書く、読む……いや、その他の何にしても、ここ最近は今まで以上に何にも縛られず、超自由(好き勝手)にやらせてもらっています(笑)

もちろん朝は妻を起こさなければならないし、炊事洗濯掃除は当然ぜんぶぼくの仕事ですが、子供なしの家事労働なんてたかが知れています。そして今日も、朝から今まで何をしていたのか?すぐには思い出せないくらい、たぶんロクなことをしていません(苦笑)

そのかわり、1日1食と禁煙は継続中です。というか、この2つはこのまま一生継続するつもりです。旅行とか何か特別なことがあれば、2食や3食になってしまうこともあるでしょうが、タバコのほうはおかげ様で「まったく吸いたいと思わないレベル」まで達しました♪

エコーを吸うほど往生際が悪かったぼくが禁煙に成功した方法とは?

元も子もない言いぐさかもしれませんが、1日1食と禁煙をやり切るためには、無職になるのが一番手っ取り早いと思います。というか、週5で働きつつ、1日1食と禁煙もやろうとか……そういう欲張り(無理)な希望はもたないほうが良いでしょう。

人間がやれること(我慢できること)というのは、どうしても限られています。社会のストレスやら人間関係の煩わしさから完全に解放されている「無職という身分」だからこそ、かくもストイックな行為に及べる心の余裕が生まれるのです。そうでもなければ、簡単にできることではありません。

本気で禁煙するなら、1週間まったく何もしなくて良い休日が絶対必要!?

 

 

少数派の人間に信念はない。単純に超ワガママなだけ。

当然ですが、お金を稼ぐということは、そのぶん時間と健康を犠牲にしなければなりません。3つをぜんぶ得ようとしても無理だと思います。さらにいえば、3つをそこそこバランスよく手に入れようとしても、お金を稼ぐことに偏ってしまうのがオチでしょう。なぜなら「お金は大切なものである」と、多くの人がそう洗脳されているからです。

老後のためのお金(貯蓄)なんて、100万もあれば十分でしょ?

そして仮にそのことに気づいたとしても、たとえばぼくのように、お金よりも、時間と健康を優先するような生活に切り替えることは、なかなか難しいと思います。なぜなら、それはまだあまりにも少数派に限定された行為だからです。

少数派の人間というのは、多くの人たちの理解を得られない(或いは理解を得られても具体的な協力をしてもらえない)為、圧倒的な孤独を強いられます。その孤独を背負っても尚、少数派の人間が少数的な行為を決行するのは、何かの信念や思想がその背景にあるからではありません。「自分はこうしたい!」という「究極のワガママ」が単純にそうさせているだけなのです。

だから少数派の人間(ぼく)というのは、基本的に人の意見を聞くことはしません。常に自分が一番正しいと思っているのです(笑)さらに、人のことより、自分のことを最優先に考えます。誰かのためだからこそできることや、だからこそ発揮できた「愛なる力」以上に、自分のための究極の先にある他者のため(自他合一)のほうを、何千倍も価値があるものとして考えています。

小説家が小説を書くのは読者のためではなく自分のためである。

 

要は、こんなぼくと同じくらい、自分勝手で超ワガママな人間であれば、禁煙だろうと1日1食だろうと、そう苦労せずに簡単にできるだろうということですが……世間にはそうでない人のほうが多いので、ぼくのやり方をぼく自身あまり強くお薦めできないという気持ちも正直あります(苦笑)

 

職業作家なんて、結局普通のサラリーマンと同じでしょ?

こんなことをいうと、僻んでいるだけにしか思われないかもしれませんが……(苦笑)職業作家なんかにはなりたくないと、最近本当にそう思います。

いついつまでに、こんなテーマで書いてくれとか……印税とか税金の計算とか……「先生のあれ面白かったです♪」なんて、作家同士の付き合い(お世辞)とか、編集者とのやり取りとか……

そういう煩わしいことをちょっと想像するだけで、超面倒くさいというか……無駄に考えたりやることが増えて、肝心の小説がますます書けなくなるのは明らかだし、むしろバカバカしい感じさえしてきます。

だからそういうオファーがきても、ぼくはたぶん断ります。ええ、一応まだ「たぶん」ということにしておきます(笑)というか、今のところそういうオファーはまだまったく頂戴していないのですが……(苦笑)とりあえずこの場を借りて、まだ見ぬぼくの理解者たちに、あらかじめ釘を刺しておこうと思います。

はい、ぼくは依頼されて何かを書くことは一切しません。いや、そういうふうには書けないというか、ぼくは小説家(物書き)として生計を立てるつもりはないのです。ぼくの本業は、マイナス労働(禁煙や断食をはじめ、できるだけお金をかけずに生活する手段をつくること)なので、「お金を稼ぐ」という行為は、そもそもぼくにとって仕事とはいえないのです。

断食や禁煙のマイナス労働で世界経済を破綻させよう!

それ以前に、小説(芸術)なんて、そもそも売り物にするべきではないとぼくは思います。なぜなら、小説(芸術)というのは、本来誰かのために書くものではなく、自分自身のために書くものだからです。

小説家が小説を書くのは読者のためではなく自分のためである。

だから、テーマもストーリーも起承転結も、タイトルにしたって、本当は必要ないものだとぼくは思っています。そうやって、わざと読みやすい形にする必要はまったくないと思っています。小説の中身にしたって、そんなものはどうだっていいのです。

そもそも小説にタイトルをつける必要はあるのか?

そのときの自分の能力と体調と気分がそのまま素直に出ていれば、それで十分というか……そもそもそうするためには、テーマもストーリーも起承転結もタイトルも、いちいち考えることはできないはずなのです。

だいたい、一つの作品として形にしてしまえる小説(芸術)なんて、本来存在しないとぼくは思っています。ただブツブツしゃべるように、ボツボツ書き続けていれば、それで良いのです。そのボツボツに血が通ってさえいれば、意味とかそんなものはまったくわからなくても良いのです。

 

アウトローも普通の人も、仏陀から見れば同じ凡人

――とまあ、あっちゃこっちゃ好き勝手話をそらしまくってしまいましたが……とにかくぼくは、人の話を聞けない&他人の小説を基本的に読みたがらない&自分の考えや行動だけを信じている、あまりにも面倒くさい人間らしいので、迂闊にかかわらないほうが良いと思います……と、すでにお分かりでしょうが、あらかじめ自分からそう言っておきます(苦笑)

というかだからこそ、これほど好き勝手な生き方を貫けるのですが、仮にそうじゃないタイプの人がぼくと同じようにやろうとしても、逆にぼくが週5日で仕事をすれば必ずそうなってしまうように、ストレス過多でたちまち死んでしまうことでしょう。

だからといって、お金を稼いで、そのぶん時間と健康を犠牲にする生活のほうが、心が病まずに済む――という、人間本来の生き方から反し気味の人たちの生き方を、ぼくはそのとおり皮肉りたいわけではありません。

要は、主に家族や子供のために、長い物に巻かれてしまっている人たちを、だからといって批判する気にはなれないどころか、その人がまかり間違って、ぼくと近い生き方に変更しようとして、家族や子供たちを路頭に迷わすようなことは絶対にしてほしくないと、ぼく自身は思っています。

結局、人間本来の生き方を真に完遂しようとするなら、ブッダとか親鸞みたいな生き方を、ほとんどそのまま踏襲するしかないはずで、少数派とはいえぼくのようなアウトロー気取りの甘ちゃんが、当然そこまでは行きようがないことを思えば、長い物に巻かれている人たちと実際そう変わりはないはずです。

だから、自分の今の立場や性格やその他のあらゆる条件下で、取り入れ可能なものだけを取り入れれば良いというか、それ以上を無理に取り入れようとしたり、ヘンに考え込んで卑屈になったりする必要もまったくないと思います。実際ぼく自身も、何もかもぜんぶ厳格にやっているわけではありません。

そもそも、ぼくが思う「人間本来の生き方」というのが正しいという保証はまったくないというか、ぼく自身もまだまだ試行錯誤中なので、「こういうバカで偉そうな自称芸術家って、普通にけっこういるよね♪」くらいのノリで、何か一つでも参考になることがあれば、幸いに思います……(苦笑)

 

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