理想は無職ニート!?「何もしない&考えない」で、「心の断食」をしよう!

何でも美味しく食べられるのは、母の料理が不味かったから!?

先月はぼくの誕生日だったので、妻と食事をしに出かけたのですが、もともと妻のお目当てだった「とある創作料理のお店」が妻的に微妙だった為、帰りにちょっとお洒落なバーにも立ち寄りました。

はい、ぼくの誕生日とはいえ、どこへ行くか?なにを食べるか?というのは、すべて妻の趣味趣向に委ねることになっています(苦笑)

といってもぼくの場合は、母が料理に無頓着だったというか、そもそも調理器具がどれもメチャクチャ汚かったせいで、肉も魚もわりといつも変な味がして、さらに味噌汁の具が腐っている!(とくに豆腐)なんてことも、けっこうな頻度であったので……(苦笑)

とりあえず、最低限の衛生面をクリアした食べ物でさえあれば、何でも美味しく食べられるという、実に好都合(貧相)な「舌」を、幼い頃から育んできたわけです(笑)

まあ要は、誰のどんな食事の好みにも苦痛なく合わせられるということですが……さらにいえば、だからこそ「食」への拘りが人より薄く、1日1食の生活もそれほど苦労なくやっていけているのかもしれません。だとすれば、母には大いに感謝するべきでしょうか……(笑)

 

酵素ドリンクで体を整えると、体の本当の状態が把握できない!?

とはいえ、1日1食にしてからは、食べ物への拘りが若干強くなったというか……美味しいものを食べたいというより、そのときに体が欲している栄養素を、ピンポイントで摂取したいと思うようになりました。

実際、そのときにあまり体が欲していない食事をしてしまうと、少し体調がおかしくなる感じがします。1日1回だからこそ、食事の内容がより重要になるということだと思いますが、そして1回の食事で補えない分をカバーするのが、酵素ドリンクや栄養剤ということなのでしょうが……

具体的に何の栄養素(食材)が足りなくて、どう体調が優れないのか?とか、実はまだ1日1食の生活や、或いはこの体重(現在68キロ)に体が慣れていないだけで、体調がおかしいわけではないんじゃないか?とか、いや単純に寝不足なだけかもしれないとか……

たとえばそういうことを一つ一つ体に聞くことで、自分の体(人間の体)の状態をより深く知れそうな感じがすることが、ちょっと楽しいところもあるのですが……

かたや酵素ドリンクとか栄養剤で、何だかよくわからないまま体調が回復してしまうと、「都合が悪い」というのもおかしな話ですが、ちょっとツマラナイ気持ちになってしまいます(苦笑)

酵素ドリンクやスムージーは自然の摂理に反していると思う

 

1日1食のモチベーションの半分以上は、不純(幼稚)な美意識!?

ちなみに昨夜までは、体調が悪いというより、体に力が入らない感じだったので、減量による筋力の低下→つまり即効性のあるタンパク質(肉)が必要かもしれないと、豚肉と鶏肉を食べたら、確かに体に力が入るようになりました。

つまり普段の食事で、もっと魚や納豆(植物性タンパク質)を摂っていれば、或いは玄米の量をもっと多くしていれば、「体に力が入らない」なんてことはなかったかもしれないとか……

いや、そもそも「体に力が入らない」といっても、「筋トレのときに力が入らなかった」というだけで、普通に生活している分にはとくに支障はなかったはずで、だったら余分にタンパク質を摂る必要も、そもそも筋トレをする必要も、実はなかったんじゃないか……?

そう、普通に生活する限りにおいては、普通に生活するのに必要な分以上の栄養も筋肉も必要ないかもしれない。どころか、過剰な栄養や筋肉というのは、むしろ病気の元かもしれないとか……

――まあだいたいこんな感じの分析を勝手に楽しみながら、それはそうと、「腹筋だけは何としても6つに割りたい!」「40歳のシックスパックなんてそうそういねーじゃん!スゲーことじゃん!」みたいな、まったく不純なこともまた同時に考えているのです(笑)

はい、シックスパックの実現が及ぼすであろう、さまざまなことへのモチベーションアップこそが、酵素ドリンクなんかより、よっぽど体調の改善に貢献してくれるはずです――というのは、そのまま半分以上本音です。こんな不純な動機もまた、いや、この不純な動機はむしろなかなかの割合で、1日1食を続けることに貢献しているのです(笑)

つまり裏を返せば、健康志向的な意識は、実はそこまで高くない?感じでもあるので、1日1食やその食事の内容を、妻と外食にいったり、友人と久しぶりに酒を飲むときにまで、気にしているわけではないということです。むしろそういうときこそ、ラーメンやジャンクフードを食べたかったりもします(笑)

 

理想は無職!?「何もしない&考えない」ことの重要性とは?

そもそも、ストイックであることの本質は、不純(幼稚)な動機をはじめ、他にもさまざまな動機が蓄積されたり複合的に絡み合ったりした上で、その人の「気分」や「欲求」が勝手にそうさせることなはずです。つまり第三者からみてストイックと思われるその人の行為は、その人自身にとってはそれほどストイックな行為ではないということです。

だから目指すべきは、ストイックな精神を養うことではなく、自分自身の「気分」や「欲求」が、あくまで自然にプラス思考に働く状態(ストイックと思われる行為を楽しむ状態)にもっていくことだろうと思います。

そしてそのためには、何かを頑張って勉強するとか、たくさん本を読むとか、色々な人の意見や考え方を見聞きするとか……心の栄養を取り込むことはむしろ一切やめて、それとは逆の、まったく何もしなくて良い&何も考えなくてさえ良い「完全なるヒマな時間」=「心の断食」をするのが一番良いだろうとぼくは思っています。

はっきりいって、ぼくくらいの年齢になると、体はもちろんですが、心や精神的なものにしても、これ以上成長する余地はほとんどありません。厳密にいえば、成長ではなく、「気づく」ことでしか、それ以上の向上はあり得ないということです。いわば、これまでさんざん見聞きして、とっくに知っている考え方なり何かの概念が、「改めて自分に気づかせてくれる」のを待つだけなのです。

ちなみに「待つ」という行為は、「やるべきことをいったんすべて停止する」ということです。「待つ」という行為はそうでないと、その本領を発揮することはできません。「何かをしながら待つ」とか「効率」みたいなことを、嫌らしく考えたりしてはダメなのです。つまり「無職になる」のが具体的には一番良い「待ち方」なはずだと、本気でぼくはそう思っています。

ええ、ぼくはどうしても「働くこと」を否定したくてしょうがないようです……(苦笑)かといって、誰もが無職になれるわけではもちろんありません。

しかし、完全な断食をしなくても、1日1食や朝食をぬくだけでも、長い目でみればさまざまな健康効果が期待できるように、1日のうちほんの少しの時間でも「やるべきことをいったんすべて停止する」=「心の断食」をすれば、きっとそれぞれの人の何かが少しずつでもプラスに動いていくだろうとは思います――

って、けっきょく何が言いたいのか、自分でもよくわからない記事になってしまいましたが……まあ要は「1日のうち少しでもヒマな時間をつくって心に余裕を持ちましょう!」という単純&無名作家のくせに上から目線の記事だった――という解釈でよろしいかと思います(苦笑)

 

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