人間は働くからダメになる!?「栄養過多(万病)」の原因は「職業過多」

「稼ぐためのノウハウ」系は、もうお腹いっぱい…?

このブログを開設してちょうど5カ月になりますが、最近になってようやく?1日100PVを超える日が、ボチボチでてきた感じです(笑)

といっても、収益のほうは全然カスで、1日5円を超えると「オッシャー!」みたいな、自販機の底を舐め回す以下のレベルなので(苦笑)まだまだ手間も時間もたくさんかかりそうです……(涙)

ドメインの取得、ワードプレスの設定、アドセンスの審査をはじめ、SEOを意識したキーワードの選定や、アナリティクスの解析など……ブログで稼ぐためには、記事を書く以外にもやるべきことが本当にたくさんあります。

――と、だからまだぜんぜん稼げていないぼくがいうセリフじゃないかもしれませんが……とにかく、「本気でブログをやるならこれだけは絶対やっておくべき!」みたいなことが、調べたり勉強すればするほど、山のように出てきます。ええ、本当にウンザリするほど出てきます……(涙)

ということで、ブログに関して勉強するのは、もうやめることにしました(笑)もちろんブログ自体をやめるわけではありません。ブログで稼ぐためのノウハウとか、そういうものは今ある知識だけでもう十分というか……「技」の習得に時間をかけるより、記事の質を上げることにだけ集中したほうが、結果的に収益も見込めそうな気がするからです。

 

いちいち「変化」に対応するのは超面倒くさい

「もっとこうしたほうが良いのに!」ということは、たぶんたくさんあると思います。しかし、そうするためには、ほとんどどんなことにしても、いちいちかなりの労力を必要とします。

いや、かなりの労力を必要としても、一度それをやってしまいさえすれば、半永久的にその効果が有効になる――というものであれば、頑張ってやろうと思えるでしょう。しかし、変化への対応が高頻度で必要なものについては、ぶっちゃけまったくやる気になれません。

たとえば、記事タイトルのキーワードを、無職やニートの人がもっと食いつくようなものに変えてみては?と、先日ある友人にアドバイスをもらったのですが、それはまあそんなに難しくないし、効果が持続するものなので、なんとかやろうと思えるのですが……

しかし、アドセンスやアマゾン以外の、個別の会社とそれぞれ提携する形のアフィリエイト会社が提供している広告を貼ってみよう!なんてことをしてしまうと、それらの広告の配信は常に流動的なので、広告が停止されるたびに、貼り付けた広告の削除を求められたりします。或いはそのためにせっかく書いた記事が、無駄になってしまうことが多々あります。

要は、「もしかしたら収益が見込めるかもしれない……?」程度の期待値だと、まったく腰が上がらないというわけです(苦笑)

 

社会に本当に必要な仕事(職業)は1割程度!?

結局、お金を稼ぐ(ビジネスの世界)というのは、「変化への対応」が何より重要なのでしょうが、「そもそも変化を好む人間なんてそんなに多くいねーだろ?」というのが、ぼく自身の勝手な見解です(笑)いや、「変化」なんて、人間にとって実はまったく必要がないどころか、「害」でさえあるとぼくは思っています。

消費者のニーズや時代の変化、それに合わせた営業戦略が功を奏し、結果儲けが出て、事業を拡大し、それに伴う大量生産によって商品の質がどんどん劣悪になる――と、つまり、変化への対応とそれを受け入れるということは、農薬や添加物たっぷりの食べ物を食べる=「寿命を縮める」とまったく同じことでしょう。

食費節約の究極は「食べないこと」=健康にも良いという不思議

かといって、小説が芸術性と娯楽性を混合させることができないように、商売にしても、消費者のニーズと利益の両方をいい感じに得るなんてことは、なかなかできません。

そもそも「消費者のニーズ」というもの自体が、企業の利益のために歪められている(勝手にニーズをねつ造されている)といっても過言ではないのです。いや、消費者のニーズ(必要なもの)なんか、実はこれ以上ないのです。つまり、世の中のほとんどの仕事がなくなったところで、そんなにみんな困らないということです。

雇用のために、無理やり仕事をつくるという無駄

にもかかわらず、仕事をしなければならない意味がぼくにはわかりません。本当に必要な仕事(職業)なんて、超突き詰めていけば相当限られるはずで、「仕事のための仕事」的な仕事(職業)が、9割ちかくを占めているのが実際のところだろうと思います。

つまり、世の中にある9割ちかくの仕事(職業)が、実は存在しなくても良いということなのです。いや、むしろ必要ないその9割の仕事が、この世に無理やり存在してしまっているせいで、人間自身が心や体を害してしまっているのです。

 

毎日同じものを食べるほうが体に良い?

たとえば食べるものについて――人間は所詮動物と一緒なので、今自分がいるその土地に、今現在あるもの(旬のもの)だけをずっと食べ続けるだけで十分というか、わけわからないものを毎日あれこれ食べるより、むしろ同じものを毎日ずっと食べ続けたほうが、健康的にも断然良いはずです。

今の時期なら、カツオの刺身、しじみの味噌汁、トマトときゅうりのサラダ、枝豆……とか、さらに超極端にいえば、夏の間なら、毎日ずっとこの同じメニューでも良いだろうとぼくは思います。

「えー!?そんなの食べ飽きちゃうじゃん!」とかではないのです。食事というのは、本来楽しむものではなく、体に必要な栄養素を口に運ぶという「ただの作業」でしかないのです――というのは、多少言葉を変えていますが、ぼくではなく、ガンジーが言っていたことなので、とりあえずはそういう正論もあるのだと、無理やりご理解ください……(苦笑)

1日1食&腹6分目にしたら、1日4時間の睡眠で平気になった!?

そもそも、毎日同じメニューだと体に良くないと言われているのは、そのメニューが牛丼とかコンビニ弁当みたいなものだからで、旬の魚や野菜(同じ1種類のもの)を毎日ずっと食べ続けたからといって、体に悪いはずはありません。

旬の食材はそのときの人間の体に最も適していて、たとえばトマトやきゅうりは人間の体を冷やしますが、それは今が夏だからです。だから逆に冬にはトマトやきゅうりを食べたり普通はしません。

にもかかわらず、トマトに含まれるナントカという栄養素が血糖値の上昇を抑えるからといって、ぼくの母は年中トマトを食べていますが……或いはダイエットのために、りんごやバナナを毎日食べたりする人もいるようですが……

そうではなく、その季節にある旬の食材で代用したほうが、健康面はもとより、それぞれの目的もきっと達成しやすいだろうと、ぼくは思います。

 

「人間は働くからダメになる」の根拠

かつて厚生省が推奨していた1日30品目摂るべき――なんて、人体に負荷がかかるだけのことについても、「つまり厚生省は食品会社への天下りポストをいくつ持ってんの?」という極めて常識的な見解が、最近になってようやく根付いてきた感じがします。

実際、栄養なんてそんなに摂る必要はないのです。現にぼくはこの約2ヶ月ほど前から1日1食を続けて、10キロ以上痩せましたが、健康状態は今まで生きてきた中でたぶん1番良好です。一時的に目減りした筋肉も少しずつ回復しています。

いわゆる生活習慣病(ガンや糖尿病)のほとんどは、栄養不足ではなく、栄養過多(食べ過ぎ)によるものだと言われていますが、確かに、たくさん栄養を摂って喜ぶのは、自分の体ではなく、食品会社や医者たちなのだということを、最近つくづく実感しています。

医者も何も信用できない今は、自分の身は自分で守るしかない?

ところで、じゃあ現代人が栄養過多になってしまった原因は何か?を、さらに突き詰めていくと……繰り返しになりますが、「実はなくても構わない9割以上の仕事(職業)が、この世に無理やり存在しているせいで、よけいな食べ物や物やサービスなどが溢れ返ってしまっているせい」だと、ぼくは思います。

つまり、本来人間には必要ないもの(物なりサービス)を押し付け合って(売買し合って)、お互いの体と心を蝕み合っているのが、悲しいかな、現代の労働事情(市場原理)の真実ということだろうと思います。「栄養過多」の原因は「職業過多」というわけです。

――と、「人間は働くからダメになる」という一見ニヒリストぶった感じの究極の逆説は、ぼくの頭の中でこんなふうに(わりと理論的というか情熱的な感じで?)成立しているのです……(苦笑)

 

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