「文学賞をとる」「本を出版する」なんて事どもは、一格下の美事に過ぎない!?

具志堅用高に並ぶ防衛記録(ボクシング)がかかった大一番で、残念ながらTKO負けを喫してしまった山中慎介選手が、試合後のインタビューで、「セコンドに心配させてしまった自分が悪い」としながらも、「まだまだやれた」「相手のパンチが効いているという感じはなかった」と、タオルを投げて試合を止めたセコンドに、やや恨み節とも取れるコメントをしたようですが……

見ている側としては、むしろもっと早くレフリーが止めるべきだったのでは?と思ってしまうくらい、今回の山中は打たれまくっていて、しかも、ガードが下がっていたからけっこうクリーンヒット的で、足ももつれていたし、かなり危険な感じがしました……。

あの状況を凌いで、後半に巻き返すことが本当にできたのか?はさておき、あくまで素人意見(とはいえ格闘技はけっこう好きで一通り何でも観る&友人が元プロボクサーで、過去に何度も後楽園ホールでボクシングの試合を観た)として、今回のセコンドの判断を責めることはできないだろうと思います。

当然ですが、仮に山中選手本人が、「命より記録のほうが大事だ」といったところで、そんなことをファンや観客は認めやしません。さらにいえば、真の偉大なアスリートなら、結果を超えて魅せてほしい――というのが、ぼく個人の超勝手な希望でもあります。

何年か前に、楽天が優勝したときの巨人との最終試合で、前日の登板で160球を投げたマー君が、最後9回の守りで則本にかわって登板したのを見て、一緒にテレビを見ていた妻も、テレビに映っていた観客も、みんな大はしゃぎで喜んでいましたが、ぼくは逆にとても残念な気持ちになってしまいました。

マー君の肘や腕をどうこう心配したわけではありません。簡単(乱暴)にいえば、結局お前(マー君)自身がヒーローになりたいだけかよ?則本に花をもたせてやろうとか、自分がいなくなった後の楽天のことを何も考えてねーべ?みたいな……

まあ、つまりお前(ぼく)は、大勢が熱狂したり依存しているものを片っ端から批判したい、ただのニヒリストなんだろ?と言われてしまえば、確かにそういう節がないとも言えませんが……(苦笑)

しかし、マー君には、「実るほど頭を垂れる稲穂かな(人格者や実力者ほど謙虚であるという諺)」を、その通り実践してほしかった――という気持ちが個人的にはありました。

もちろん、マー君のことにしろ、今回の山中選手の試合にしろ、事情も何も知らない&その道の素人がガタガタ言うようなことではないかもしれません。

しかし、いくら勝負事とはいえ、勝敗や栄光にこだわり過ぎているうちは、その道の真の王者にはなり得ないんじゃないか?とも思います。なぜなら、挑戦を続ける限り(その人がその道に貪欲であるほど)、結果というのは残酷になってしまうのが常だからです。

防衛記録がかかっている超大事な試合だから、絶対に負けるわけにはいかない!興行的にも(ジムやボクシング界全体の経済的事情からも)絶対に勝たなければならない!ということであれば、もっと弱い相手とやれば良かったわけで、しかし山中選手はそうしなかった――

つまり、これほどの超大事な試合に、あれだけ強い選手と戦ったことにこそ、拍手を送るべきだろうし、そういうことこそが、一見称賛に価するあらゆる結果を超えて、その人間の価値を真に高めるはずのものだろうと、個人的には思います。

宮城谷昌光という歴史作家が書いた「介子推」という中国の歴史小説の文中に、「世間の人が褒めそやす行いは一格下の美事」という言葉がありますが、まさに結果(勝つこと)こそは、一格下の美事以外の何ものでもないでしょう。

そう、ぼくにとっての結果とは、「文学賞をとる」or「本を出版する」ことなので、それらが実現できてない現状を、実に都合よく一蹴しちゃえる言葉でもあるわけです……(苦笑)

 

0
 
スポンサーリンク