「なにを食べるか?」ではなく「余計なものを食べない」ことが健康のカギ!?

先の記事に引き続き、妻の体調が良くなかったこともあって、ここ最近は今まで以上に毎日の食事や健康に気を遣うようになりました。

といっても、もともと妻は肉や油物(揚げ物)が好きじゃないし、しょっぱいものもほとんど食べないので、「血圧が高いから塩分を控えめにしなきゃ!」みたいなことより、料理のバリエーションを増やしたり、同じ料理でもひと手間もしくはふた手間をかけて少しでも美味しくしたり……

要は、毎日の食事を今まで以上に?楽しんでもらうことで、仕事やその他の生活環境におけるストレスを、少しでも緩和させようという作戦を実行中です(笑)

また、弁当を持っていくのは面倒だしカバンが重くなるから嫌だといって、これまでコンビニ弁当やラーメンなどで適当に昼食を済ませていたらしいですが、一日一食とはいえもうそんな食事を続けられる年齢じゃねーべや!と津軽弁で説教して、ほとんど無理やり毎日弁当をつくって持たせています(苦笑)

ちなみに今日のお弁当は、焼鮭、ちくわとササギの炒め物、ブロッコリー&カリフラワーの醤油漬けと、ご飯は白飯に大麦を混ぜたのり弁です。18時以降の中食用?おにぎりの中身は昆布で、おにぎりの表面には大人のふりかけのひじき味と岩塩を散りばめました。

ついでに今日の夕食は、マグロとヒラメの刺身(冷凍の残り物)、人参とゴボウのきんぴら、つるむらさきのお浸し、ワカメと豆腐の味噌汁、りんご、手作りごぼう茶……

と、こうして書き出してみると、特に夕食はかなり質素というか……いや、ほとんど肉を食べないわが家の食卓は、思えばわりといつもこんな感じかもしれません。そもそも食べ物じゃなくて、手作りごぼう茶が、どれより一番手間がかかっています……(苦笑)

自分で作るからメッチャおいしいごぼう茶

 

ともあれ、妻の体調がおかげで少しずつ良くなってきたのは確かですが、しかしそれは手作り弁当やちゃんとした手料理が妻の体に良い影響を与えたのではなく、コンビニ弁当やラーメンのような体に良くないものを食べる頻度が少なくなったからだろうと思います。

要は「なにを食べるか?」ではなく「余計なものを食べない」ことが、体や健康にとって何より大切なことだろうとぼくは思っていて、だから弁当にしても、或いは手作りごぼう茶にしても、それらの中に含まれている栄養素に期待するというより、他の食べ物や飲み物より断然マシじゃね?みたいな、いわばややマイナス的な意識で、手作りごぼう茶を作って飲ませているという感じでもあります(苦笑)

ごぼう茶もそうですが、健康食品の多くは体の代謝を良くしてくれます。つまり、多くの健康食品は何らかの栄養素を吸収すること以上に、「体から不要なものを出すこと」に、効能としての焦点が集約されているともいえそうで、だとしたら現代人の場合は、もはやあらゆる栄養素がすでに満ち足りていて、むしろ排泄もしくは吸収を制限することに力を注ぐほうが理に適っているんじゃないか?と、個人的にはやっぱりそう思ってしまいます。

 

そのことに関連して少し話はそれますが……普通、杉の木の寿命はせいぜい五百年ほどらしいですが、有名な屋久島の屋久杉は、樹齢千年を超えるものも多くあり、中には二千年を超えるものも存在するそうです。

にもかかわらず、屋久島の土壌は決して良くなく、むしろ栄養分が少ない岩の上にあるため、普通の杉より成長が遅いそうです。しかしそのことが杉本来に備わっている生命力を引き出してくれて、だから屋久島の杉は普通の杉より長く生きられるのだ――というふうにも言われています。

或いは人間の話でいうと、飢餓が蔓延している発展途上国ほど出生率が高くなるという話を何かの本で読んだことがありますが、それはつまり、ある程度の飢餓状態こそが、人間本来に備わった生命力(生存本能)を刺激してくれるからだと考える研究者もいるそうです。

実際、ある程度の飢餓状態が続くと、免疫力を高めてくれるケトン体という物質が体内でつくられることは科学的に証明されていて、飽食にまみれた先進国の人たちほどそのケトン体の発生率が少なく、だから不妊とか不自然な生活習慣病に悩まされてしまうのだ!と言われれば、確かにそうかもしれないという気もします。

ともあれ、「なにを食べるか?」ではなく「余計なものを食べない」もしくは「だったらなにも食べないほうが良くね?」という、結局いつもの絶食論にたどり着いてしまったわけでした。おしまい。

食費節約の究極は「食べないこと」=そのほうが健康にも良いという不思議

 

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